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HATTORI食育クラブ 服部幸應コラムNo.30

おいしいフィルター

仕事の打ち合わせのために喫茶店へ。 ミルで挽いた豆をフィルターにかける寡黙なマスター。耳に心地良いレコード。
だんだんと強くなる香りの中、さまざまな話題に花が咲く。やがてテーブルに運ばれるコーヒー。 口にすれば、頭の奥にしみいるような苦味と酸味、ほのかな甘味と高い香り。 せわしない日常にやすらぎを与え、仕事の話も和やかにすすむ。

コーヒーが人をつなげ、文化や社会を担ったともいえるエピソードがあります。
16世紀、ヨーロッパにコーヒーがもたらされ、17世紀の後半になるとロンドンに「コーヒーハウス」という店が数多く出現しました。 コーヒーハウスは誰でも入ることができたので、気軽な社交場として利用されました。
商人が商談を行い、政治家が政治論議を交わし、ジャーナリストが集い、文人が集い、また新聞、雑誌などを字が読めない人に音読して聞かせる人もいて、コーヒーハウスは文化の中心地となりました。
似た意見の人が特定の店に集まるようになって政党が組まれたり、証券が取引されて、保険会社や証券取引所の元ともなりました。また若者が科学や哲学について語り合い、王立協会設立につながりました。
ちなみに、お金を入れるとより篤いサービスを受けられる「To Insure Promptness(迅速なサービスのために)」と書かれた箱が置いてあり、頭文字をとると「TIP」、チップの始まりであるといわれています。 やがてコーヒーハウスはヨーロッパに広まり、カフェや社交クラブなどに変化していきました。

コーヒーハウスのあり方は、コーヒーの良い香りに導かれ、心地良さを共有することからも広がっていったともいえるのではないでしょうか。

ある心理実験があります。途中で昼食をはさみながら、政治に関するいろいろな意見を被験者に伝えます。そして後にそれぞれの意見についての好感度をチェックすると、食事中に紹介された意見がより好まれることがわかりました。 人は食事中に聞いた話や、一緒に食事をした人を好きになる傾向があるといいます。食事によって好意を持ってもらうことを「ランチョンテクニック」といい、多くの方が実感しているところかもしれません。
おいしいものを口にすると、心地良さを感じます。そしてその時に聞いた話や、一緒にいる人に心地良さが結びついて、好意を持つようになるのです。「おいしい」というフィルターを通して周りが好きになる、ともいえるでしょうか。 心地良い体験とつながって周りのものへ好意を持つことを「連合の原理」といい、人気キャラクターを商品広告に採用するなど、マーケティングの分野にもあてはめられます。

人と人の心が通じる喫茶店のように、心地良い空間を共にすることは豊かなつながりを生みます。誰かと食卓を囲んだり、コーヒーを淹れてもらったり、また淹れてあげたり。「おいしいフィルター」越しの世界は、とても幸せそうではありませんか。

コーヒーの「真」常識

「酸っぱいコーヒーは嫌だ」という声を多く耳にします。

実は、ほとんどがコーヒー豆の焙煎から時間がたち、酸化したものを口にしている場合。挽きたてを気にされる方はいても、焼きたてを気にされる方は少ないのです。

コーヒー豆には腐敗がありませんが、鮮度はあります。焙煎前の生豆は冬眠状態にありますが、焼いたとたんに目を覚まし、周囲の空気を吸収し、香りを放出しながら酸化していきます。一週間もたてば本来の香りを失い、酸っぱい味のコーヒーに変身してしまうのです。
ミルクやフレーバーシロップでごまかすこともできますが、コーヒーが本来持っている、香りやコク、甘味をともなった酸味などのおいしさは味わえません。

コーヒーを楽しむ文化が一般化している現在。これからは焙煎したてのコーヒー豆で本物の味を楽しむこだわりが広まり、コーヒー文化が成熟してゆくのではないでしょうか。

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