部屋を温める暖炉にこうこうと燃える火。串刺しの肉を回転させながら焼き、したたる脂を練った小麦粉に吸わせます。 灰の中にはジャガイモで、ベイクドポテトも同時に。暖炉の上から水を下げればお湯を沸かせたり、くんせいもお手の物です。 18世紀以前のヨーロッパの家庭では、暖炉は万能調理器として使われていました。
ヨーロッパの暖炉は、暖房と調理場をかねた日本の囲炉裏によく似ていると思いませんか。
まったく別の地でも、同じような発展をすることがたびたび見受けられ、知らず知らず、 世界はひとつの音楽を奏でているようです。
「料理の四面体」の著者である玉村豊男氏は、世界の料理を食べ歩き、 暖炉と囲炉裏の間に、アルジェリアの野性味あふれる料理とフランスの上品な料理の間に、 一見かけはなれた料理のなかにも共通項を見出してゆきます。
複雑な料理も、ごく簡単ないくつかの要素から成り立っていることを示し、「料理の四面体」におとしこみ、 多くの人が簡単にレシピのレパートリーを増やせる料理の法則を提示しました。
料理には基本的な要素として「火」「空気」「水」「油」があります。
火を基本として、その他の三要素の量が変わることで色々な料理になります。 そして、加熱以前として「ナマものの世界」があります。
これをかたちに示したものが「料理の四面体」です。
底面の三角形はナマものの世界。三角形の頂点をそれぞれ火以外の三要素、上の頂点を火として、 三要素の頂点と火の頂点を結ぶ線をそれぞれ「焼きものライン:火に空気の働きが介在してできる料理」 「煮ものライン:火に水の働きが介在してできる料理」「揚げものライン:火に油の働きが介在してできる料理」とします。
たとえば焼きものラインで火の頂点に近いところは直火焼き、煮ものラインでは水蒸気のほとんどない蒸し焼き、 揚げものラインでは油の少ない煎りものとなります。
豆腐を例に挙げると、水の中にある豆腐はAの位置にあります。水を切って薬味と醤油をそえた冷奴は、 頂点Aと頂点Bの線上にあります(A´)。水の調理では、醤油漬け、水分を凍らせた高野豆腐なども考えられます。 これに時間を加味すると、発酵も考えられます。頂点Cでは豆腐の油漬けとなり、油を減らして醤油(水)を加えるとなると、 頂点Cから少し頂点Aの方向へずらすことになります。
冷奴は加熱すると頂点Aから火の頂点へ向かいます。ほどよいところで湯豆腐。だしや醤油を入れて煮奴、 みそを入れればみそ汁となります。空気の要素を入れれば蒸し豆腐となります。 がんもどきや厚揚げなども四面体に容易に見出すことができます。
さらに、ナマものの世界の三角形を、揚げた豆腐に置きかえたとします。 するとまた、揚げた豆腐を醤油などで煮る、油揚げを焼く、揚げだし豆腐を蒸す、といった展開をすることができます。
これを繰り返し、さらに他の食材と組み合わたりすると、豆腐ひとつをとっても多様で複雑な料理が何十、 何百と考えることができるのです。あまたある食材や組み合わせを考えると、レシピはゆうに1000を超えるのではないでしょうか。
料理の四面体は、楽しく簡単にレシピを考えられ、豊かな食卓の助けとなるでしょう。
現代の生活習慣病や心の問題、環境問題などは、世界が不協和音を鳴らしているように思えます。
料理は歴史、風土、気候、文化が関係し、料理と人間は自然とともに合理的に発展しています。 そのプロセスが見えにくくなっている昨今、料理の四面体の食材を考えるときに、 体と環境に合わせる「身土不二」「旬」を加味したなら、美しい世界の音楽がまた聞こえてくるかもしれません。
フランス南西部、ラングドック地方の郷土料理であるカスレは、料理の名前の由来にもなったカソール(cassole) と呼ばれる深い土鍋に入れ、白インゲン豆などを長時間煮込んで作ります。
「カスレ」は町や村、家庭によってさまざまなバリエーションがあります。 中でも代表的なのがカステルノダリー、カルカッソンヌ、トゥ―ルーズの三地区のものです。
カスレ界の首都と自負するカステルノダリーでは、豚の皮、豚のスネ肉、肩肉、モモ肉、ガチョウの コンフィ 、 トマトを使い、カルカッソンヌでは、羊のモモ肉や季節によってはヤマウズラが入ります。 トゥ―ルーズのものは羊の肩肉とトゥ―ルーズ・ソーセージを加えており、 それぞれの地区が誇りを持って本家本元を自称しており、住民の間ではどれが本来の「カスレ」かという議論が 絶えないと言われています。
白インゲン豆と何かを合わせて煮込む一つの家庭料理が、地域や料理人によってさまざまに変化し、 フランス中を駆け巡るということがいかにもフランスらしい料理であります。