毎年、春になると新生活を迎えた若者たちが、あらたに買いそろえたフライパンや鍋を抱えて歩いている姿を見る機会が多くなります。料理するとき、「火と鉄と水」はなくてはならないものですが、そのトリオのルーツを探してみたところ、古事記にたどりつきました。
日本最古の歴史書のひとつである古事記は、672年の壬申の乱に勝利して実質の初代天皇ともいわれる天武天皇の勅命によって、暗誦されていた天皇の系譜、国の成立を文字に書き残すためにつくられました。全三巻にわたる古事記の中には様々な話が収録されていますが、その中には国の成り立ちにかかわる食についてのエピソードがあります。
古事記は「伊耶那岐(イザナギ)」と「伊耶那美(イザナミ)」という夫婦の神が、国やさまざまな神を生みだしていくという神話から始まります。 たとえば彼らが生みだした神の中には、五穀をはじめ食べものを自分の体からつくりだす「大気都比売(オオゲツヒメ)」という食の神がおり、当時から国にとって米や大豆、麦などが大切な食材と考えられていたことが読みとれます。
また別の話のなかで、イザナミは火の神「火(ホ)の迦具土神(カグツチノカミ)」を生んだ時の火傷がもとで黄泉の国へと旅立ちますが、火傷の痛みの中で鉱山と製鉄の神「金山比古神(カナヤマヒコノカミ)」と「金山比売神(カナヤマヒメノカミ)」を生みます。また水の神なども生みます。ここは「火の誕生によって鉄と水がもたらされた」と解釈できそうです。
しかしここからどういうことが読み取れるのでしょうか。実は、古事記にえがかれた火と鉄と水の神の誕生の物語は、初期国家の形成に必要な稲作の発展と普及に、火・鉄・水が大きく寄与していることをあらわしているのです。
水田による稲作は紀元前3?5世紀ごろ、弥生時代に始まったといわれています。それまで日本では焼畑が主で、土地に定着しにくい状況でした。ところが水の中の泥もおこすことのできる大型の鉄製農具がもたらされると、土壌の再利用と定住が可能になったのです。
水田による稲作の普及によって人々が土地に定着するようになると、土地をめぐって争うことが多くなるため秩序がうまれ、移動耕作の部族制の社会から、定住者による初期国家に変わっていったと言われているのです。製鉄の歴史は日本の稲作と初期国家のなりたちに重要な位置をしめているのです。
日本の岩石や砂には鉄が多く含まれていたこともあり、日本独自の製鉄技術「たたら」が発展していきます。稲作を支えた農具はもとより、武具や、調理道具まで多様に生みだされていきました。
街中をやや緊張した、それでいてちょっと上気だった面持ちで調理道具の箱や袋を抱えて歩く新生活の若者へ、「食育推進の大きな一歩だぞ、料理がんばれよ!」と心の中でエールを送ってしまいました。
時代がかわっても、火と鉄と水は次代をつくる礎なのかもしれません。
全国の神社に祀られている鉱山と製鉄の神「金山比古神(カナヤマヒコノカミ)」と「金山比売神(カナヤマヒメノカミ)」は、そんな様子を見守っているのでしょうか。
現在、日本中に色々な素材の鍋が流通しています。アルミ・ステンレス・鉄・銅・ほうろう・テフロン加工の鍋など。
それぞれの素材に特色があり、良い部分があります。
日本料理を作る上では欠かせないと言われる道具のひとつが、3ミリ厚のアルミ製の雪平鍋。
アルミは熱伝導性に優れ、火が当たっている部分だけではなく鍋全体に熱が行き渡るため、煮物料理などに最適です。
そして1ミリ2ミリ厚のアルミ鍋では不満の残る保温性や耐久性も、3ミリの厚板では優れています。
また、あの形状にも秘密が。
煮物の仕上げの時に、鍋をゆらす、まわすなどして煮汁を食材にからめたり照りをだしたりしますが、底の丸い雪平鍋なら材料を転がして逃がしてくれるので、鍋肌とぶつかることが少なく、食材の形が崩れにくいのです。
「3ミリ厚の雪平鍋」、煮物とともに次世代に伝えていきたいものですね。